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全ての人間が死ぬことは絶対的な事実であるにも関わらず 死を明らかに定義することは難しい

    
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全ての人間が死ぬことは絶対的な事実であるにも関わらず 死を明らかに定義...

「死」に対する考え方について

死生学について興味を持つ生徒さんが最近増えてるなーという印象なので

今回は「死」の概念について、これから看護学士論文にチャレンジする学生さんにも参考に

なるようにちょっとだけ書いてみました。

前回、死の定義、尊厳死などについて書いてます。

 

死の定義の難しさ

全ての人間が死ぬことは絶対的な事実であるにも関わらず

死を明らかに定義することは難しいです。

言うまでもないですが、
死というものは人間の生涯の終わりの瞬間を意味します。

しかし、臨床的に死の判定がなされたとしても、

そのときの個体を構成しているすべての細胞が死滅しているわけではありません。

 

医療の場における死の概念、

生物学的立場からみた死の概念、

また社会的集団的概念からみた死の概念など、

人間の死をどうとらえるかは

現在の社会背景を学ぶ上でも重要な課題だと思います。

このような一見、当たり前だと思っていた死の概念について

臨床で患者さんの「看取り」

をすると疑問を持つのは当たり前のことだと思います。

 

死とは?死の定義は?

私たちが当たり前だと思っている

「死」や「生」に対する概念を少し疑ってみましょう。

死の概念

もそも「死」の定義は何?

「死」の定義について確認する。 医療の場における死の概念とは、「呼吸停止」「心拍停止」「瞳孔反射の消失」の三徴候により判定されている。 しかし、1997年に臓器の移植に関する法律が施行されてからは、臓器を提供する場合に「脳死」も人の死として認められることになり、脳死によっても死が判定されている。 脳死した人の身体とは、その身体から移植術に使用されるための臓器が摘出されることとなる者であって脳幹を含む全脳の機能が不可逆的に停止するに至ったと判定されたものの身体をいう。 つまり、医療現場における死とは「死の三徴候」と「脳死」により判定されている。

引用文献 柏木哲夫 2002『ターミナルケア 系統看護学講座 別巻10

死の定義や脳死の定義は↑ですね

 

そのうえで、

まず、死の概念について掘り下げてみましょう。

柏木は「死とは何かという命題は人間の歴史とともにある最も古くて、

いまを生きる『私』にとっては新しい問いである。そして、だれにも平等にいやおうなしに、答えであると同時に問いのままでもある死はやってくる」

(柏木 2002、2p.)参考文献後ほど記載しますね

 

 

と述べています。

つまり、人間は生きている間に自分の死を体験する事ができない、

これは、第三者のみがその人が死んだときにその死を客観的に見る事が出来るという事です。

 

生ある人間にとって死とは永遠に謎に満ちている…

ということですね。

 

前回書いた通り、死という定義も色んな背景によって変わってきたことは明らかですね。

 

今まで当たり前に思っていた「死」という概念が

実は歴史的、社会的背景により都合のよいように定義付け出来る側面も持つ、

ということは医療に関わる以上、

認識しないといけないと思います。

 

 

看護としてどうかかわるか

では、看護としてどうターミナル期の患者さんと関わるのか。

 

死が避けられない運命であるならば、

その人の意思を尊重しつつ、

その人生の完成のために何が大切かを考える事が、まず、

医療に必要な姿勢だと思います。

 

では看護の現場でよく使われる言葉、「尊厳」の意味を考えてみましょう

 

人間の尊厳、と尊厳死の意味の違い

人間の尊厳と尊厳死の違いについてちょっと考えてみましょう。

 

近代医学は疾患の治癒を目指して臓器、細胞、

遺伝子をターゲットとして研究の成果をあげてきました。

 

では、治療志向の現代医学がもたらしたものは?

「人間の尊厳」の名の下、

生きるべき命と死ぬべき命との生命の選別ではないだろうか?

 

超高齢社会、多死社会を迎え、

医療費の増大など経済的な背景から

必要な命と不必要な命に選別し、

脳死を「死」を定義づけ、尊厳死を推進しようとしているのではないか?

 

という疑問は臨床で出てきてしまいますよね。

 

 

たしかに、死を目前にしたターミナルにある人に、

蘇生術や点滴輸液がむしろその人や家族を苦しめるだけのものでしかない場合もあります。

苦痛の軽減のないまま行われる延命治療は、

その人の痛みや苦痛を長引かせるだけのものであるといえます。

 

しかし、これらの延命治療を避ける事と、

「人間の尊厳」の名の下「尊厳死を選ぶ」事とは違うのではないでしょうか?

 

そもそも治療志向の現代医療が

患者さんに苦痛ばかりをもたらすものであった事に問題があるのでは?

「死」と向き合うことは

どこまでも攻撃的な延命治療を続けるか、

もしくは「死」を選び全面的に撤退するかの

二者択一を迫られるものではないはずです。

生物医学的観点からみて治療が不可能であるならば、

死を選ばなくてはならないという尊厳死という概念こそが、

生命の選別の危険性をはらみ、

「人間の生の尊厳」とはかけ離れているのではないでしょうか…

 

最後はちょっと難しい感じになりましたが、

看護を行う上で必ず出てきてしまう葛藤かもしれません。

 

完璧な看取りはありません。

いつも、〇〇してればよかったかもしれない、と後悔するのは

家族も医療者も同じです。

 

誰かの参考になれば幸いです

 

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