グリーフケアについて書いてるブログ

グリーフケアのこと

    
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グリーフケアのこと
目次

悲しみとともに歩むために

このブログは、グリーフケアをわかりやすく学び、日常生活で実践できるように書かれています。
以下はkindle本「グリーフケアのこと」にも出版している内容をブログでも無料で読めるように掲載しました。

グリーフケアの絵本はこちら→「うさぎちゃんの心の穴のお話」

英語翻訳版の絵本はこちら→What You Should Know When You Lose Someone Precious to you

「グリーフケアって何だろう?」「深い悲しみとどう向き合えばいいのだろう」と考えている方にとって、

この本が少しでも心の支えになれば嬉しく思います。

親しい人を亡くしたり、予期せぬ喪失に直面すると、人は深い悲しみに包まれます。その悲しみを「忘れるべきもの」や「克服すべきもの」と捉えるのではなく、どのように寄り添い、共に歩んでいくかを考えることが大切です。本書では、グリーフケアの基本と具体的な方法を通じて、悲しみと共に生きながらも、自分らしく日々を大切にする力を育むヒントをお伝えします。

グリーフケアを学ぶことは、実は自分自身と向き合う時間を持つことでもあります。悲しみの感情に耳を傾け、それを受け入れることは、心の安らぎを見つけるための大切なステップです。悲しみを否定せず、その感情を丁寧に扱いながら進むことが、グリーフケアの本質です。

本書では、心の動きや向き合い方について、専門的な知識をできる限りわかりやすく解説しています。「だからグリーフケアが必要なんだ」と感じてもらい、それを日々の生活や周囲の人へのサポートに活かしていただければ幸いです。悲しみと共に歩む日々が、少しでも穏やかで希望に満ちたものとなりますよう、心から願っています。

 

1. 悲しみの正体とは?

① 悲しみはどこから生まれるのか

 

人はなぜ悲しむのでしょうか?それは、**「喪失」**という出来事が、心に大きな影響を与えるからです。
親しい人を失ったり、大切な何かを失ったとき、人は自然と深い悲しみを感じます。この悲しみは、人間が持つ本能的な反応のひとつです。

たとえば、愛する人との別れは、心の中にぽっかりと空いた穴のような感覚を生み出します。その穴を埋めるために、私たちの心はさまざまな感情を経験します。不安、怒り、絶望、そして静かな諦め―これらは、心が新しい現実に適応しようとする過程の一部なのです。

悲しみは、単なる「つらい感情」ではありません。それは、心が喪失を受け止め、未来に向かって歩き出すための自然なプロセスなのです。

このように、悲しみは人間にとって自然な反応ですが、その背後にはどのような仕組みがあるのでしょうか?この問いに答える手がかりとして、イギリスの精神分析学者ジョン・ボウルビーの研究を紹介します。

イギリスの精神分析学者ジョン・ボウルビー(1961年)は、**愛着(親しい人との関係)**について研究を行いました。彼の研究の中で、母親と離れた赤ちゃんが最初に強い不安を感じ、母親を求める行動を取ることが観察されました。母親がそばにいない状況が続くと、赤ちゃんは怒りや悲しみを表しますが、次第に諦めて他の人の世話を受け入れるようになります。

ボウルビーは、この赤ちゃんの反応が、大人の悲しみの感情にも通じると考えました。つまり、悲しみは本能的に生じる自然な反応であり、心が喪失を整理し、新しい現実に適応するために必要なプロセスだと主張しています。

特に子どもは、親から見捨てられることに強い不安を感じる傾向があります。かつては、泣いたり怒ったりすることで母親の注意を引き、安心感を得ることができました。しかし、大切な人を永遠に失った場合、その人が戻ってくることはなく、泣くことや怒ることは意味を失います。その結果、子どもは次第に活動が難しくなり、気持ちが沈んでしまう、いわゆるうつのような状態に陥ることもあります。

最初に感じるのはショックや感情の麻痺状態です。しかし、時間の経過とともに、失った相手から少しずつ心を離し、新しい現実に適応していく過程が始まります。この過程について、ボウルビーは次のように述べています。「悲しみを経験することは、亡くなった人を心の中で受け入れ、自分らしい新しい生活を築くために必要なステップである」

ボウルビーの考え方によると、悲しみは単なる「つらい感情」ではありません。それは、私たちが新しい自分を作り、新たなつながりを見つけるために欠かせない重要なプロセスなのです。深い悲しみの中で、私たちの心は失ったものと向き合い、徐々に前を向く力を育てていきます。

次に、他の研究者たちが考える「正常な」悲しみのプロセスについて見ていきましょう。

② 自然に起こる悲しみの流れ 

悲しみを経験したとき、人はどのようにそれに対処していくのでしょうか?

実は、悲しみには多くの人に共通する普遍的なプロセスがあると考えられています。このプロセスは、私たちが喪失という大きな出来事を受け入れ、新しい生活に適応するために必要な道筋なのです。

よく知られる理論の一つに、エリザベス・キューブラー=ロスが提唱した「悲嘆の5段階モデル」があります。このモデルでは、悲しみは次のような段階を経るとされています:

  1. 否認:「そんなはずはない」と現実を受け入れられない状態。
  2. 怒り:喪失に対する怒りや不公平感が強くなる段階。
  3. 取引:喪失を取り戻そうとする願いや「もしこうしていれば…」と後悔する感情。
  4. 抑うつ:深い悲しみや絶望感に陥る段階。
  5. 受容:失った事実を受け入れ、前に進もうとする段階。

ただし、このプロセスは一方通行ではありません。人によっては、ある段階を行き来したり、特定の段階を飛ばしたりすることもあります。重要なのは、自分のペースで進むことです。他人と比較せず、自分の感情に寄り添いながら、少しずつ受け入れていくことが大切です。

また、このプロセスにおいて**「無理をしない」**ことも非常に重要です。周囲の期待に応えようとして急いで感情を押し込めると、かえって心に負担がかかることがあります。悲しみはすぐに消えるものではなく、時間をかけて少しずつ変化していくものです。焦らず、休むべきときにはしっかり休むことが、心の癒しにつながります。

自然な悲しみのプロセスを理解することで、自分自身の感情を受け入れ、喪失と向き合う力が育まれます。そして、この過程を通じて、私たちは新しいつながりや前向きな未来を見つけることができるのです。

③悲しみには段階があるの?

悲しみを経験する際、人はどのようなステップをたどるのでしょうか?ここでは、イギリスの精神分析学者ジョン・ボウルビーとコリン・パークスが提案した4つの段階について紹介します。この理論は、多くの国や文化で共通して見られる悲しみのプロセスを説明するものです。

1)無感覚/感覚の麻痺

最初に訪れるのは、大切な人を失ったことが現実として受け入れられない段階です。頭では「亡くなった」と理解していても、心が追いつかず、ショックやパニック、あるいは現実を拒絶したいという感情が強く出ます。多くの場合、この時期は約2週間続くと言われています。

2)切なる思い/思慕と抗議

次の段階では、亡くなった人がいない現実を少しずつ理解し始めます。
それでもなお、その人を探し続けたり、思い出の品に触れることで気持ちを繋ごうとします。しかし、その人が戻ってこないと悟ると、強い怒りや混乱、そして深い孤独感に襲われます。この感情が最も強くなるのは2~4週間ほどですが、約6~8週間で少しずつ落ち着いていくことが一般的です。

3)崩壊

現実と向き合い始めるこの段階では、気力を失い、他者と関わることが難しくなります。
孤独や絶望感に包まれることが多く、日常生活への意欲を失うこともあります。この状態は個人差がありますが、8週間から1年ほど続く場合があります。

4)再建

最後の段階では、失った人を心の中で受け入れ、新しい生活のリズムや役割を見つける時期です。
徐々に他者との新しいつながりを求める気持ちが芽生え、前を向いて生きる力が戻ってきます。このプロセスを通じて、喪失の痛みと共存しながらも、自分自身を再構築していきます。

④ 人それぞれ違う悲しみの形

アルフォンス・デーケンや他の研究者たちも、それぞれ異なる悲しみのプロセスを提案していますが、文化や国が異なっても、共通点が多いことがわかっています。いずれの理論にも共通しているのは、ショックや否定、怒り、孤独感を経て、最終的に新しい自分を見つける過程が「正常な悲しみのプロセス」とされている点です。

しかし、悲しみのプロセスは人によって順番どおりに進むわけではありません。ある段階を繰り返したり、一度進んだプロセスに逆戻りしたりすることもあります。また、進むのが止まってしまう場合もあるため、焦らず自分のペースで進むことが大切です。

 

2. 悲しみの道は一つではない

悲しみが「段階的」に進むわけではない理由について考えてみましょう。人それぞれの悲しみは、異なる形をとり、その適応のプロセスもさまざまです。

①感情が「ゆれ動く」理由を知ろう

前章では、大切な人を失ったあと、段階的に適応していく過程について説明しました。しかし、すべての人が感情を順序立てて体験し、新しい環境に適応していくわけではありません。実際には、悲しみの感情は1日のうちでも何度も揺れ動くものです。

たとえば、突然涙がこぼれることもあれば、急に前向きな気持ちになり、笑顔を見せることもあります。このような感情の「ゆらぎ」は自然な反応であり、むしろ新しい現実に適応していくために必要なプロセスです。

悲しみを抱える人の感情は、1日の中でも複雑に揺れ動きます。ある瞬間には、亡くなった人を思い出して涙が止まらなくなるかもしれません。また別の瞬間には、好きなテレビ番組を見て笑ったり、友達との会話で楽しい時間を過ごすこともあるでしょう。このように感情が行ったり来たりすることは、多くの人が経験することです。

しかし、この揺れ動く感情に戸惑う人も少なくありません。突然涙がこぼれたり、急に前向きな気持ちになったりと、さまざまな感情が入り混じるのです。このような「ゆらぎ」は非常にストレスが大きく「どうしてこんなに気持ちが変わるのだろう」「私はおかしくなってしまったのではないか」と不安を感じることもあるでしょう。こうした時には、「感情が揺れ動くのは普通のこと」だと理解することが大切です。この揺らぎそのものが、心が少しずつ現実に適応していく自然な過程だからです。

「自分はおかしくなってしまったのではないか」と思うほど感情が揺れるのは、それだけ心が懸命に新しい状況に適応しようとしている証拠です。悲しみを抱えながらも、揺らぎを感じている人は、無理をせず、自分のペースを大切にしてください。焦らず、「ゆらぎながら進むことが自然なこと」だと思い出してみてください。

それでは、この感情の「ゆらぎ」について、さらに詳しく見ていきましょう。

②揺れる気持ちの仕組み:二重過程モデル

Stroebe & Schut(2001年)が提唱した「二重過程モデル」は、この感情の揺らぎを科学的に説明する理論です。このモデルによると、悲しみに向き合うときには、2つの異なる方法で対処することがあるとされています。

  1. 喪失志向コーピング
    • 亡くなった人との思い出に浸り、その悲しみに正面から向き合う方法です。
    • たとえば、大切な人の写真を見て涙を流したり、その人との思い出話をすることで、心を整理する時間です。
  2. 回復志向コーピング
    • 喪失によって生じる新しい課題に取り組み、日常生活に戻ろうとする方法です。
    • たとえば、学校の宿題を頑張ったり、友達と遊ぶことで気を紛らわせる時間がこれにあたります。

③揺らぎの中で進む適応

この2つの方法を人は一日の中で行ったり来たりします。あるときは亡くなった人を思い出して涙を流し、また別のときには日常生活に集中して気を紛らわせる。この行き来の繰り返しが、悲しみと向き合いながらも、少しずつ新しい環境に適応していく「揺らぎ」のプロセスです。

Stroebe & Schut(1997年)はこう述べています。「悲しみに向き合う時間も、前向きに過ごす時間も、どちらも大切です。ただし、どちらか一方に偏ると心に負担がかかります」。たとえば、悲しみにばかり浸っていると気持ちが沈みすぎてしまう一方で、前向きな気持ちばかりを無理に続けると、悲しみを十分に感じられなくなることがあります。これらの感情が交互に現れることが、心の整理に必要なのです。

④毎日の暮らしに現れる心の波

たとえば、親しい家族や大切な人を失ったとします。その日の朝、ふと写真を見て涙が止まらなくなり、喪失感に胸が押しつぶされそうになることもあるでしょう。しかし、その後の時間には、家事をこなしたり、買い物に出かけたりして、悲しみを少し忘れられる瞬間が訪れるかもしれません。夜になると、また一人になった寂しさや静けさが心に押し寄せて涙が流れる――このような感情の揺らぎが喪失志向と回復志向の具体例です。

喪失志向とは、失った人への思いを深く感じたり、思い出に浸ることです。たとえば、家の中でその人の使っていた物を目にして涙が出たり、一緒に過ごした日々を振り返り、「もう戻ってこない」という現実を改めて感じる時間がこれにあたります。

一方で、回復志向とは、日常生活に目を向け、現実の課題に向き合う行動を指します。たとえば、「家族がいなくなっても、生活を続けるためにご飯を作らなければ」と料理を始めたり、掃除や洗濯などの家事をすることで前に進む力を少しずつ取り戻していく時間です。

これらの感情や行動は1日の中でも繰り返され、行ったり来たりするものです。朝には深い悲しみを感じ、喪失志向が強く出ることもあれば、午後には日常のタスクに集中し、回復志向が優勢になることもあります。この揺れ動き―「揺らぎ」を通じて、人は少しずつ新しい現実に適応していきます。

このような揺らぎのプロセスを経て、次第に失った人のことを思い出しても、「悲しい」だけではなく、「一緒に楽しい時間を過ごせたな」とポジティブな感情を持てるようになります。そして、日々の生活にも少しずつ希望が生まれ、新しい自分を築いていけるようになるのです。

この適応のプロセスこそが、Stroebe & Schutが提唱した**「二重過程モデル」**の核心です。喪失志向と回復志向の間を行き来しながら感情を整理し、バランスを取ることで、人は新たな現実と向き合い、未来へと歩み始める力を取り戻していきます。

 

3. 深い悲しみが心と体に与える影響

① なぜ悲しみが心身に影響を与えるのか

大切な人を失うことは、誰にとっても非常に大きなストレスです。その影響は「死別の悲しみ」だけにとどまらず、後に続く生活の変化や人間関係の問題、経済的な不安など、さまざまな形で現れます。これらの複合的なストレスが心身に重くのしかかることで、病気のリスクを高めることがあります。

ストレスの感じ方やその影響の強さは、人それぞれ異なります。同じ出来事でも、それをどう受け止めるか(これを「認知」といいます)によって、感じるストレスの程度が変わるのです。たとえば、性格や生活環境、周囲からのサポートの有無が、ストレスの重さに大きな影響を与えます。さらに、亡くなった人との関係の深さや、死因、年齢、文化的背景なども、悲しみの受け止め方に影響を及ぼします。

喪失の悲しみそのものは自然な感情ですが、これが病的な悲嘆(長期間にわたり日常生活に支障をきたすような状態)に発展することもあります。このため、悲しむことの重要性を認めながらも、その悲しみが健康に与える影響について理解することが大切です。

② 悲しみを深めるリスク要因

喪失がもたらす悲しみには、「死」の悲しみだけでなく、次のようなさまざまなストレスが関わっています。

 

  1. 生活環境の変化

大切な人を亡くすことで、生活そのものが大きく変わることがあります。たとえば、配偶者が亡くなった場合、それまで二人で分担していた家事や生活の責任を一人で抱えることになるかもしれません。また、経済的な理由で引っ越しを余儀なくされる場合もあります。

特に高齢者の場合、慣れ親しんだ環境を離れることは、孤独感や不安を増大させる大きな要因になります。新しい環境に慣れるのは簡単ではなく、生活リズムの乱れや周囲との関係性の変化がさらにストレスを増幅させることもあります。

  1. 日常生活の困難

亡くなった家族が家庭内で重要な役割を果たしていた場合、その人がいなくなることで、残された家族は日常生活の中で多くの困難に直面します。
たとえば、収入を支えていた人を失えば、経済的な不安が現れます。また、家事や子育てを担っていた人が亡くなった場合、それまでその役割を果たしていなかった家族がすべてを引き受ける必要が出てきます。これらの変化は、残された人々の生活を一変させ、ストレスや疲労感を増加させる大きな要因となります。

  1. 家族関係の悪化

喪失体験は、家族の絆に影響を与えることがあります。たとえば、子どもを亡くした夫婦が悲しみを共有できず、関係が悪化して離婚に至るケースがあります。また、配偶者が亡くなった後、義理の家族との関係がぎくしゃくし、トラブルが生じることもあります。このような人間関係の悪化は、さらに深い孤独感や悲しみを生む可能性があります。

  1. 周囲の無神経な言葉

亡くなった人の家族にとって、周囲の人々からの言葉や態度が思わぬストレスになることがあります。たとえば、「早く立ち直るべきだ」というプレッシャーや、「あなたのせいではないの?」という無神経な言葉が、悲しみをさらに深くしてしまうことがあります。調査によると、喪失を経験した家族の3人に1人以上が、こうした心ない言葉で傷ついた経験があるとされています。

 

③悲しむことは大切、だけどそれが病的になってしまう原因は?

悲しみは、大切な人を失った後の自然な反応です。しかし、悲しみが深すぎたり、長引きすぎたりすると、病的な状態に発展することがあります。たとえば、日常生活に支障をきたすほどの絶望感や孤独感、強い不安が続く場合、それは心の負担が限界に達しているサインかもしれません。

病的な悲嘆を引き起こす要因としては、以下のようなものが挙げられます:

  • 十分な支援を得られない環境
  • 突然の死や予期せぬ喪失
  • 経済的な問題や社会的孤立
  • 家族や友人との関係性の悪化

こうしたリスク要因が重なることで、悲しみは心身の健康に深刻な影響を与えます。悲しみを抱えたときには、自分の感情を素直に受け止め、必要に応じて周囲のサポートや専門家の助けを求めることが大切です。

喪失は、人生の中で避けられない出来事です。そして、それに伴う悲しみは自然な反応ですが、同時に心身に大きな影響を及ぼす可能性があります。家族や友人とのつながりを保ち、必要に応じて周囲の助けを借りながら、無理をせず自分のペースで新しい生活に適応していくことが大切です。

 

④実際のケーススタディから学ぶリスクの現実

喪失体験におけるリスク要因を具体的に考えるために、交通事故で5歳の息子を亡くした32歳の母親、Bさんのケースを紹介します。

事例:交通事故で息子を失ったBさんの場合

Bさんは2年前、家族でキャンプに向かう途中、交通事故に遭いました。高速道路でトラックに追突され、当時5歳だった息子が亡くなり、夫とBさん自身は軽傷を負いました。事故の原因はトラック運転手の居眠り運転でしたが、その運転手が発した「すみません、寝ていました」という言葉が、Bさんにとって大きな心の傷となりました。

事故から2年が経った現在、Bさんの悲しみはますます深まり、毎日仏壇の前で息子に話しかける日々を送っています。家事や外出をする気力もなく、ほとんど動かない状態です。夫はBさんを精神科に連れて行きましたが、医師から「早く元気になりなさい」と言われたことで、Bさんは病院に行くことを拒むようになりました。

 

⑤悲しみを深める原因を考える

Bさんのケースから、死別体験におけるリスク要因を4つの視点で考察します。

  1. 突然の死が与える影響

Bさんの息子の死因は交通事故でした。突然の暴力的な出来事による喪失は、予期せぬショックとして心に深い傷を残します。これが**PTSD(心的外傷後ストレス障害)**の原因となり、恐怖や罪悪感、不安といった感情を引き起こす可能性があります。予測できなかった死は、喪失の受け入れをより困難にする要因となります。

  1. 子どもを失うことの影響

親にとって、子どもが自分よりも先に亡くなることは「未来を失う」ような感覚を伴います。特に、Bさんの息子はまだ5歳という幼い年齢で亡くなったため、Bさんは「もっと守れたはずだった」といった強い罪悪感を抱いています。このような感情が、悲しみをより深刻で長期的なものにしています。

  1. 周囲からの心ない言葉や態度

Bさんは医師から「早く元気になりなさい」という言葉を受けました。このような発言は、悲しみを抱える人にとって重いプレッシャーとなります。特に、日本の文化では感情を外に出すことがあまり奨励されない傾向があるため、Bさんは自分の悲しみや怒りを表現することができず、さらに苦しむ結果となりました。心ない言葉は、悲しみのプロセスを妨げるだけでなく、孤独感や自己否定感を強める要因となります。

  1. 社会的サポートの欠如

Bさんは、医療機関や地域の支援団体から十分なサポートを受けられていません。また、夫以外の家族や友人とのつながりが少なく、孤独を深めています。セルフヘルプグループやカウンセリングといったリソースにアクセスできていないことが、彼女が悲しみを和らげる機会を失う一因となっています。

Bさんのケースから学ぶこと

Bさんのように、突然の喪失や子どもの死といった強烈な悲しみは、複雑性悲嘆(通常の悲しみよりも長期間にわたり深い悲しみが続く状態)につながりやすいとされています。彼女のケースでは、悲しみに向き合う時間や周囲からの適切な支援が不足していることが、回復を妨げる大きな要因となっています。

喪失体験は一人ひとり異なります。適切なサポートが得られれば、Bさんのような深い悲しみを抱えた人も少しずつ新しい生活に適応し、前向きな一歩を踏み出すことができるでしょう。

⑥悲しみとともに生きるプロセスを支えるために

死別による悲しみは、個人によってその深さや癒えるまでのプロセスが大きく異なります。ある人にとっては数カ月で前向きな気持ちを取り戻せるものでも、別の人にとっては何年もかかることがあります。また、必要な支援の形も一律ではなく、一人ひとり異なるアプローチが求められます。

しかし、どのような場合でも共通して言えるのは、悲しみを抱える人が孤立せず、感情を自由に表現できる環境が癒しにとって不可欠だということです。孤独感を抱えたままでは、悲しみが長期化し、心身への影響が深刻化するリスクが高まります。そのため、医療機関や支援団体、家族、友人といった多方面のサポートが重要な役割を果たします。

たとえば、信頼できるカウンセラーによる専門的なアプローチ、同じ経験を共有するセルフヘルプグループとの対話など、信頼できる人が寄り添うことで、悲しみを感じる人は少しずつ新しい生活に適応する力を育むことができます。

では、具体的にグリーフケアはどのように実践されているのでしょうか?次の章では、悲しみを抱える人にどのように寄り添うことができるのか、その方法について詳しく見ていきます。

4. グリーフケアの実践

① グリーフケアとは何か

グリーフとは?

グリーフとは、喪失に伴う悲しみのことを指します。一般的には、家族や親しい人との「死別」によって生じる感情を指すことが多いですが、グリーフはそれだけに限りません。「離婚」「ペットロス」「失業」など、人生におけるさまざまな喪失体験もグリーフの一部です。

例えば、ペットを失ったとき、その存在がどれほど生活の一部だったかを実感します。それと同じように、人は何か大切なものを失ったとき、その喪失感とともに悲しみや混乱を抱えるものです。グリーフは、それを受け止め、向き合っていく過程の中で少しずつ形を変えていきます。

大切な人を失うということ。それは、一緒に描いていた未来が突然消え、共有するはずだった時間までも失ってしまう経験です。その喪失感は、まるで心に大きな穴が開いてしまったような「絶望」に近い悲しみを伴います。この深い悲しみを私たちは「グリーフ」と呼びます。

時間をかけて向き合う大切さ

グリーフは長い時間をかけて向き合うものです。「時間が解決する」と言われることがありますが、悲しみが自然に消えていくわけではありません。その過程で、時間をかけて自分の悲しみを少しずつ理解し、受け入れられるようになることが大切です。

案外、人は自分が本当に求めていることに気づかないことがあります。忙しさや周囲の期待に追われ、自分の感情に耳を傾けることを忘れてしまうこともあるでしょう。しかし、グリーフケアは、その悲しみと向き合うための「自分を見つめ直す時間」を与えてくれるものなのです。

グリーフケアとは?

喪失による悲しみに寄り添い、その感情を少しずつ扱えるようにするためのサポートです。それは、自分の心と向き合い、自分自身を大切にするためのプロセスでもあります。大切なのは、悲しみを無理に忘れるのではなく、その感情とともに生きる力を育むことです。

悲しみを抱えながらも、自分らしく生きるための一歩として、グリーフケアは私たちの人生にそっと寄り添うものです。グリーフケアでは深く自分の感情やニーズに気づくことを重視します。自分が何を感じ、何を求めているのかに気づくことが、悲しみを受け止める第一歩になるのです。

 

② 具体的にできるグリーフケア

では、具体的にどのようなグリーフケアが行われているのでしょうか?病院で行われている実際の取り組みをいくつかご紹介します。

  1. 悲しみに関する情報を伝える

大切な人を失ったとき、深い悲しみとともに、自分がどうしたらいいのかわからなくなることがあります「こんなに泣いてばかりで、自分はおかしいのでは?」と感じたり、「このまま立ち直れないのでは?」という不安に押しつぶされそうになる方は多いです。

悲しみは誰にでも訪れる自然な感情です。ですが、その感情の扱い方を知らないことで、自分を責めたり、孤独を感じてしまうことがあります。

たとえば、配偶者と死別した中高年を対象とした講座では、参加者が悲嘆のプロセスを学ぶことで、70%の方が精神的健康の改善を実感したという研究結果があります。悲しみの自然な流れや、感情を受け入れるためのヒント、孤独を感じたときの対処法など、日常生活で実践できる内容を中心に、情報提供も大切になります。

 

  1. 遺族への手紙を送る

ホスピスでは、大切な人を亡くした家族に手紙を送る取り組みも行われています。「3カ月後」や「1年後」に送られる手紙には、遺族への励ましの言葉や、故人を思い出す時間を持つ大切さが書かれています。これは、悲しみの中で孤独を感じている遺族に、「あなたは一人ではない」というメッセージを伝えるものです。

  1. 追悼会を開く

ホスピスや病院では、亡くなった人を偲ぶ「追悼会」を行うことがあります。そこでは、亡くなった人の名前を呼び、思い出を語る場が設けられます。参加者は、同じ経験を持つ人々と話し合いながら、自分の感情を整理し、新たな一歩を踏み出すきっかけを得ることができます。

  1. 同じ経験を持つ人々のグループ活動

「自助グループ」と呼ばれる活動も広がっています。同じように大切な人を失った人たちが集まり、体験を共有することで、孤独感が和らぎます。たとえば、「私も同じような気持ちを経験した」という言葉を聞くだけで、「自分だけじゃないんだ」と安心することができます。

③ 現代社会に求められるグリーフケアとは

現在行われているグリーフケアに加えて、今後さらに必要とされる支援にはどのようなものがあるでしょうか?

  1. 悲しみに耳を傾ける

大切な人を失った人は、「自分の気持ちをわかってほしい」と感じています。そのため、傾聴や共感を通じて、孤独を感じさせない支援が重要です。悲しみを無理に解決しようとするのではなく、「そのままでいいんだよ」と寄り添うことが大切です。

  1. 日常生活の支援

特に、家事や仕事を相手に頼っていた人が喪失を経験すると、生活の負担が一気に増えることがあります。たとえば、妻を亡くした夫が「料理を一度もしたことがない」と困ることもあります。このような場合には、福祉サービスの利用方法を教えたり、家事支援を紹介することで、負担を軽減することができます。

  1. 医療機関との連携

悲しみが長期化して日常生活に支障をきたす場合、複雑性悲嘆やうつ病に発展する可能性があります。その場合、医療機関との連携が必要です。保健師や医師が早期に介入し、専門的な治療を受けられる仕組みを整えることが大切です。

  1. 地域とのつながりを築く

地域の保健師や支援団体が遺族と連携することも重要です。孤独になりがちな高齢者や一人暮らしの遺族を訪問し、必要な情報を提供することで、孤立を防ぐことができます。

  1. 生と死の教育

核家族化が進み、死や老いを意識する機会が少ない今だからこそ、「生と死の教育」が求められています。それは、私たち自身が生きることをより大切に感じるための学びであり、もしものときに自分や周囲の人を支える力を育むものです。

「死は避けられないものだ」という前提に立ち、死をタブー視せず、正しい知識を交えて語ることが、死別後の悲しみに対処するための「予防的グリーフケア」に繋がります。たとえば、家族で死について話し合い、具体的な準備をすることは、死別後の混乱や悲嘆を軽減する助けになります。

 

グリーフケアは、大切な人を失った人が悲しみを抱えながらも、新しい生活を歩む力を取り戻すための重要な取り組みです。しかし、医療機関だけで全てをカバーするのは難しく、地域や支援団体との連携が欠かせません。孤独を防ぎ、寄り添い、支援を受けられる仕組みを整えることが、これからのグリーフケアの課題となるでしょう。

5. 悲しい気持ちにそっと寄り添うためにできること

① 死別を経験した人への寄り添い方

大切な人を亡くすという喪失は、人生において最もつらい経験の一つです。悲しみの感情はその人ごとに異なり、どれくらい時間がかかるかや、その過程がどのように進むかも人それぞれです。そのため、隣人としてサポートする際には、慎重な配慮が必要です。言葉や行動によって、悲しみを和らげることもあれば、逆に深めてしまうこともあるからです。

悲しみのプロセスに寄り添うことの大切さ

死別後の悲嘆(グリーフ)の過程には、ショックや否認、怒り、抑うつ、そして受容といった感情が含まれます。ただし、このプロセスは必ずしも順序通り進むわけではなく、途中で後戻りしたり、複雑な感情にとどまってしまうこともあります。

たとえば、親しい人を亡くした直後には、現実を受け入れられず、「まだどこかにいるのでは」と感じることがあります。この「否認」は、心が急激な衝撃に耐えるための自然な反応です。周囲の人が無理に「現実を受け入れなさい」と促すと、遺族の心の負担を増やしてしまうことがあります。

相手を傷つけないためにできること

坂口(2002)の研究によると、遺族の3人に1人が周囲の言葉や態度に傷ついた経験があると答えています。以下は、避けるべき具体的な行動です。

  1. 安易な励まし
    • 「元気出して」「時間が解決するよ」などの言葉は、相手の気持ちを軽視していると感じさせることがあります。
  2. 押しつけがましいアドバイス
    • 「こうしたほうがいい」と一方的に助言することは、相手の立場を理解していないと受け取られることがあります。
  3. わかったふり
    • 「気持ちはわかるよ」と安易に言うことは、かえって不信感を与えることがあります。
  4. 早く立ち直るように促す
    • 「いつまでも泣いていても仕方ない」という言葉は、悲しみのプロセスを妨げる可能性があります。

こうした行動は、遺族が孤立感を深めたり、自分の感情を表現できなくなる原因となります。

適切なサポートの方法

では、悲嘆の過程にいる人にどのように寄り添えばよいのでしょうか?重要なのは、遺族が自分の感情を安心して表現できる環境を提供することです。

  1. 傾聴する
    • 遺族の話に耳を傾け、感情を否定せず受け入れることが大切です。たとえ怒りや罪悪感、混乱した思いが出てきても、「そのままでいい」と寄り添う姿勢が必要です。
  2. 感情表出のサポート
    • 遺族の中には、悲しみを言葉にすることが難しい人もいます。その場合、音楽療法やアートなど、感情を間接的に表現できる方法を提案することが効果的です。音楽は、悲しみに寄り添い、心を癒す力を持っています。
  3. 文化や個人の価値観を尊重する
    • 日本では、悲しみや涙を見せることが否定的に捉えられることもあります。しかし、悲しみを抑圧することは、心の負担を大きくし、悲嘆を長引かせる原因となります。「泣いてもいいんだよ」と伝えることで、感情を解放する助けになります。

死別後の自己成長について

悲嘆のプロセスを経る中で、一部の人は新しいアイデンティティを見つけ、成長を経験することがあります。たとえば、「故人の思いを引き継ぎたい」と新たな活動に取り組む人もいます。しかし、成長は目標ではなく、あくまで結果として現れるものです。

「遺族は成長しなければならない」という考えを押しつけるのは避けるべきです。また、成長が見られたとしても、それが悲しみや苦痛を軽減したことを意味するわけではありません。周囲の人は、成長したように見える遺族でも、その心の中に残る負の感情に目を向ける必要があります。

②「回復」ではなく「適応」という視点

悲嘆のプロセスを「回復」と捉えるのではなく、「新しい現実への適応」として理解することが大切です。死別を経験した人は、以前の自分には戻れませんが、故人のいない現実に少しずつ適応していく過程を歩みます。その過程で、時には悲しみがぶり返すこともあります。隣人として、安易な励ましではなく、その都度寄り添う姿勢が求められます。

大切な人を亡くした遺族に対して、隣人としてできることは、**「心に寄り添う」**ことです。相手の悲しみを軽視せず、感情を自由に表現できる環境を提供することが何よりも大切です。また、遺族が孤立しないよう、地域の支援システムや専門家の助けを紹介するなど、具体的なサポートを提供することも重要です。

遺族の悲嘆はその人固有のものであり、急かしたり無理に立ち直らせる必要はありません。「そのままでいい」と伝え、そばにいること―それが遺族にとって最も心強い支えとなります。

 

6. 未来へつなぐグリーフケア 死を見つめ、悲しみに寄り添うために

死別による悲しみを抱える人たちを支える取り組みは、日本でも徐々に広がっています。自助グループやグリーフケア協会、NPOなどがその中心となり、グリーフケアに関する研究組織も増加しています。しかしながら、医療との連携は未だ十分ではありません。医療機関では、治療の対象は「疾病をもつ患者」に限定されており、遺族は対象外とされることが一般的です。遺族が悲嘆のために日常生活を送るのが困難になるまで援助が開始されない現状は、多くの課題を抱えています。

①「死」を受け止める困難さ

日本では長らく「死」はタブー視されてきました。死を話題にすることすら避けられる文化的背景があり、死を迎える人々の支援にも影響を与えています。たとえば、ある病棟では、ボランティアで患者の話を聞きに来た住職が「縁起でもない」と患者に拒絶されることもあったといいます。このように、多くの日本人にとって死は忌むべきものであり、避けたい対象なのです。

その一方で、死への恐怖や不安から悪徳な宗教や迷信に振り回される患者も見受けられます。このような状況を改善するためには、死についての正しい知識を広め、タブー視せずに向き合うことが必要です。

②死に向き合うユーモアと対話の力

あるホスピスの看護師長は、患者から「死んだらどうなるのでしょうか?」と問われたとき、「まだ行ったことがないので確かではありませんが、今まで帰ってきた人を見たことがないので、とても良いところだと思います」とユーモアを交えながら答えたそうです。このように、死について軽やかに話し合うことが、患者や家族の悲嘆を和らげることがあります。

ユーモアは死を恐怖の対象ではなく、一つの人生の節目として捉え直すきっかけを提供します。そして、生前から死について話し合うことで、死別後の悲しみを軽減する効果も期待できます。縁起でもない、と怒られるような話も日常的に。「死」をタブー視せず正しく理解し、自然なものとして受け止められるようになることは、患者や家族が不安や苦しみを軽減する助けとなります。

③死と悲しみに向き合う社会を目指して

死は誰もが避けられない現実であり、いつか大切な人の死に直面する日が訪れます。そのとき、適切なサポートと正しい知識があれば、悲嘆を和らげ、悲しみの中に希望を見出すことができるでしょう。

日本社会における「死」への向き合い方を見直し、医療や地域、教育の連携を深めることで、悲しみを抱える人々に寄り添える社会を築くことが求められます。死を恐れず語り合う文化の育成こそが、すべての人にとってより安心できる未来を創る鍵となると信じています。

 

おわりに 

悲しみを抱えながら生きるということ

人生の中で、大切な人を失う悲しみは、誰にでも訪れるものです。その悲しみは、時が経っても完全に消えることはないかもしれません。心の中に残る「悲しみ」という感情は、それだけ故人を大切に思っていた証でもあります。

しかし、悲しみとともに生きることは、決して暗いことだけではありません。その悲しみを受け入れながらも、私たちは新しい希望や喜びを見つけることができます。悲しみを抱えることで、他の人の痛みに気づいたり、新しい人間関係を築いたりすることもあります。悲しみは、私たちにとって心の成長や人生の意味を見つけるきっかけになるのです。

本書を通じて、悲しみとどう向き合い、どのように歩んでいけばいいのか、そのヒントをお届けできていたら幸いです。

 

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