【死別の悲しみに苦しむ人にどう接すれば良いの】 悲しみによりそうグリーフケアの3つの方法

死別のしみの中にいる、どう接すれば良いのか グリーフケアの3つの具体的な方法

前回、悲しみに寄り添うグリーフケアでしてはいけないこと

を書きましたが、

今回はグリーフケアの具体的な点3つを書きます。

話を傾聴し感情を表出出来るよう助ける

 グリーフワーク(悲しみの作業)では、遺族は喪失体験について話し、感情を表出し、悲しみ切る事が大切であると言われています。

 

生理的学的にも感情による涙を流した後、コルチゾールというストレスに関連する副腎皮質ホルモンの血中濃度が低下するとの報告もあります。

脳内麻薬様物質であるエンドルフィンの増加による鎮静作用や、免疫細胞の活性化による免疫力の向上も見られます。さらに対人的な影響として共感やサポートを得る事が出来るといわれています(坂口,2010)。

 

このような点からみても自分の感情を安心して表出出来る場所が大切です。

 しかし、悲しみの作業、グリーフワークの最中は感情が激しく敏感になっています。

 

喪失後に出てくる様々な感情は、自然に出てくる感情とはいえ、怒り、恨み等

「自分は大丈夫だろうか」と不安になることがあります。

心に打撃を受けて弱くなっている状態には不安は一層増すことがあります。

グリーフケアとして出来ることは、悲しみの評価をせず、怒りや混乱、

罪悪感や絶望など強い感情表現が出てきても受け入れ傾聴する事が大切です。

(医療者は人を評価、分析をすることに慣れていますが、悲しみの評価・比較はしないようにしましょう。

そして「私も同じだから気持ちが分かる」

などの言葉は遺族を傷つけることがあると前回書きました。)

↑これは文章に書くと簡単ですが、実際に悲しみの最中にある人に関わるのはケアする側も疲労、疲弊します。

ケアする人はケアされなければなりません。

適切な関わりを持って自分では対応が出来ないと思う場合は、カウンセリングなどの機関を紹介しましょう。

悲しみに寄り添うグリーフケア役立ちサイトのまとめ  はこちら

音楽療法等を取り入れる

感情表出が難しい人に対しては、音楽などを聞くことも効果的です。

一般的に、日本では、悲しむ、涙を流す、などの行為は社会では否定的な感情で捉えられることが多く、

人前で悲しんだり涙を流すことはよくないという価値観をもつ人もいます。

しかし、悲しみの心理を隠して、喪失後の悲しみを受け入れないで感情を抑圧してしまうと、

悲しみが長引いたり、悲嘆を複雑なものにしてしまう危険があります。

悲しむ事や泣く事は人にとってはとても重要で必要なことです。

 

悲しみの感情は、人間関係や社会文化的束縛や偏見、過去の経験などと複雑に深く絡み合い、

言葉で表現することが難しい人もいます。

悲しみの最中にある人が意識的・無意識的に悲しみを覆い隠したとしても、悲しみは音楽を通して表現される。

音楽は容易にその気持ちに向き合い、悲しみに共感し、サポートしてくれる役割を持つ(稲葉,2005)。

と言われています。音楽の力ってすごいですね。

悲嘆(悲しみ)に対する情報提供

悲嘆について理解が無い場合、気持ちの落ち込みや感情のコントロールが出来ない事などに戸惑いを感じ、

また、周囲の人の不用意な言葉や態度、励ましで傷ついてしまう事もあります。

 

そこで、遺族や身近な人々が悲嘆について対処していくための助けとして、

悲しみ反応の情報提供を行うことも大切です。

 

河合の研究によると配偶者と死別した中高年男女を対象に、悲嘆の心理やその対処技術を学習してもらうことを目的とし、8回の連続講座を開催した結果、受講者の70%が精神的健康の改善を示した。

このような悲嘆プロセスの知識は、いざ自分が死別した際、

自分の心と身体に何が起こっているのかについての理解を助け、また家族や友人が死別した際にも、彼らの気持ちをしっかり受け止めることでサポートできる(河合,2002)。

と言われます。周囲の人の情報提供などのサポートは力になります。

 

最後に・・・

①悲しみのプロセスに段階がある  

②段階説とは別の日内変動のプロセス

のことを前回書きました。

悲嘆のプロセスの最終段階の新たなアイデンティティの確立をし、

その経験を生かし成長体験をきっかけに新たな関心が芽生えたり、

活動に取り組んだりするなど人生の新しい道を歩み始める人もいます。

しかし、人は全ての面において成長を経験するわけではなく、成長をとくに経験しない人もいます。

「遺族は成長しなければならない」という誤ったメッセージを送ることになっていけません。

成長は目標ではなく、あくまで結果です。

 

なんらかの成長が見られたからといって、苦痛や苦悩を経験していないわけではありません。

悲しみを見せないからと言って、喪失を「乗り越えた」わけでもありません。

そもそも人の「死」を完全に「乗り越える」ことは人間に可能なのでしょうか?

 

周りの人はつい遺族の成長の側面に目が行きがちですが、

その遺族が抱えている負の感情にも目を向ける必要があります。

 

そして、成長が経験されるからといって、悲劇や喪失は望ましい事、

必要なことと、とらえるべきではありません。

 

悲嘆の過程にも個人差があります。

他者の目には新たな自己を形成して死別を乗り越えたように見えたとしても心に苦悩を抱え、

何かの折にまた悲しみが強くなる場合もあります。

「よく乗り越えたね」などの声掛けは遺族を傷つけることもあります。

他者の安易な声かけが悲嘆のプロセスの逆戻しや、繰り返しを招く危険があることを認識する必要があります。

 

また、死別を体験した人は決して元の状態に戻るわけではありません

故人のいない現実に適応しなければいけません。

その上でも悲嘆の最終プロセスを完全に乗り越えた「回復」ととらえるのではなく、

新たな環境への「適応」として見る視点が重要となります。

 

まとめ

死別体験者に隣人として出来る事は、

援助するがわの間違ったサポート行動がストレスにもなることを十分に頭に入れておいてください。

言葉や態度に注意を払うことと同時に、遺族が感情を表出出来るように、話を傾聴し寄り添い、

必要であれば地域のサポートシステム等を紹介したり手助けをすることが大切です。

 

参考文献

稲葉千賀:音楽療法の悲嘆援助に関するケーススタディ.尚美学園大学芸術情報研究第12号.2005.

坂口幸弘:悲嘆学入門―死別の悲しみを学ぶ,昭和堂 2010.

河合千恵子:配偶者と死別した中高年者の悲嘆とそのケア 生活教育2002.

ここまで読んで頂きありがとうございました。

すこしでも死別の悲しみに苦しむ方の力になれたら幸いです。

 

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